りんたろうから結婚式の招待状が届いたのは4月の末のことであった。
そこには「君達4人(川勝、北川、ジュニア、井上)でなんかやってくれ」と書いた、小さな紙が入っていた。
そこから我々の壮大で愚かなプロジェクトは始まった。
次の日からメール上にて、「何をする」という打ち合わせは始まったかに見えた。
しかし、こんな頭の弱い3人(川勝はメールを持っていない)が集まったところで、所詮「3人よってもモンチッチの知恵」であって、名案など浮かぶわけがない。
否、「何をする」という議論すら始まらないありさまであった。
あつりんからは良く分からん場所(出張先の東京近辺)から断続的に、メールが来るのみであり、そこには会社に対する愚痴しか書いていない。
ジュニアとは全く生活の時間帯が食い違っており、しかも、俺のプロバイダーは学校関係のサーバーとは相性が悪く、返送されてくるのもしばしばという有様であった。
その反面、林太郎からは「早く企画書だせ」と矢のような催促が毎日のように私の受信トレイに届き、私は「(使えない部下を持った)中間管理職」の悲哀を嫌というほど味わうことになったのであった。
結婚式の日取りは6月13日の日曜日であった。
そんなことは招待状が届いた日から分かっていた。
だが、気付いたら6月だった(何も決まらないままに)
我々が真に一致団結をしたのは、この日からであった。
HOTOKE幹部時代にはついぞ見せなかったその姿に、誰もが目頭を熱くし、そしてアドマイヤベガ(林太郎の持ち馬)への応援馬券を買った。
この会合が行われていなかったら、アドマイヤベガは15番人気ぐらいだったはずだ。
「馬は人気で走るのではない」、が我々の一つの物事に相対する「ほとばしる情熱inわくわく薬湯ランド」がアドマイヤベガと武豊をあの大舞台での勝利に導いたと言っても過言である。
会合に集まったのは、俺、北川、川勝、ジュニア、おがみ(オブザーバー)の5人であった。
場所は、三条木屋町を上がったところにある、良い雰囲気の店である。
この日の我々の会合の議題は当然、「何やんねん」ということであった。
私は少し遅れていったので着いた時には、もう下案ぐらいは出来上がっているだろう、と思っていた。
「そんなわけないよねやっぱり」。
そこで見たのは皆さんの期待通りの光景であった。
そして、皆さんの期待通り、私もまたその中に自然に溶け込んでいった。
1時間半が過ぎ、そろそろお開きかと思われたとき突然、ジュニアが理性を取り戻した。
「何やんのか決めなまずいやろ」。蝉の声が岩に染み入るような静寂が訪れた。
ここからは、やり取りの再現をしていく。
北川:武智の時のスピーチは緊張したしな。
吉田:そうやな、もうやりたくないな。
井上:でも、スピーチが一番無難やろ。
北川:4人分ネタあるか?
井上:そういえば、シモネタ禁止って言われたな。
川勝:そりゃあ、無理ですね。
吉田:林太郎で思い浮かぶのは、「芦原の図書館」とか「T田」くらいやもんな。
井上:あとは「乳揉み事件、でも俺のすねには・・・」くらいやもんな。
一同:そりゃそうや。
井上:じゃあ、「タイムマシーン」やるか?
北川:それもきついやろー。
川勝:あんまり飲めへんから、床でぐるぐる回るだけになるぞ。
吉田:披露宴でリバースはちょっとな―。
北川:歌はどうや。
井上:パフィとかやんのか?
吉田:4人やしな。
川勝:男闘呼組か?
井上:さすがに「タイムゾーン」歌っても意味ないやろ。
吉田:結婚式にふさわしい曲かー。
・・・・・・・・・・
北川:スピードの「ホワイトラブ」はどうや?
一同:うーん。
井上:振り付きでやらんとあかんな。
吉田:ダンスはおやじ(川勝)の得意分野やん。
北川:なんか普通やな。
吉田:なぜ、俺らが呼ばれたのか考えんとあかん。
北川:そりゃ、なんか一発やって欲しいからやろ。(既に、趣旨を間違え始めている)
川勝:林太郎が喜ぶことせんとあかんな。
井上:じゃ、曲はホワイトラブでいいから、それに併せてなんかやろ。
・・・・・・・・・・
不明:「白タイツ・・・」。
以下は言うまでもない。
こんな感じであっさり決まり、6月9日休みを取って京都に集まることになった。
オブザーバー談:わしも行きたい。ぜひビデオとって来てくれ。
私が京都のジュニア邸に着いたのは、既に13時を回っていた。
当然、ジュニアしかいなかった・・・。
しかたないから、当日郵送で届いたHEY!HEY!HEY!のビデオを見ながら、ジュニアと2人であの部屋で踊っていた。蚊に刺されながら。
ようやく4人揃ったのはもう夕方であった。
そこからビデオを借りに行った。探していたのは、超レアな深田恭子の流出物ではなく、スピードのプロモーションビデオであった。
高野の東にあるビデオやで発見した。
しかし、「貸出中」と書かれていた。
4人同時に「誰がこんなもんかりんねん」と叫んだ。
この時、あさのっちの耳には神様の「おまえらや」という声が届いていたことであろう。
中野の愛用のビデオ屋にも寄ったが、そこにはAVがたくさん置かれているだけで、我々の探している、広末涼子の○○ビデオはなかった。(探してるもの間違っている)
結局、どこにも見つからず、「疲れたなー」とかなんとか言いながら喫茶店で茶を飲んで、店を出たら19時だった。
とにかくジュニアの家に戻って、4人の割り振りをし、ビデオをダビングして持ち帰り、12日の土曜日に再び集まることにした。
この日決まったこと
あつりん : えりこ (ぼーかる)
じゅにあ : ひとえ (だんす)
かわかつ : たかこ (だんす)
おれ : ひろこ (ぼーかる)
衣装は、歌いながら脱いでいくこと。 次回までに、今日覚えた振りをチェックし、さらに歌詞を覚えること。
とうとう前日になってしまった。
私的には、もう「なるようになるさ」と、超ポジティブシンキングを会得していた。
全く、歌詞覚えてないのに・・・。
そして、この日は想像を絶する(HOTOKEの夏合宿くらい)練習を行うことになる。
この日、私は11時過ぎに尼崎の寮を出た。
そして、梅田のLOFTに寄り、「うどんのう」と表面に書かれた全身白タイツ(\4500)を4つ無表情で鷲掴みにし、レジへと持っていった。
レジのお姉さんはこのような愚かな買い物をする奴を見慣れているのであろうか、「18900円です」と愛想もなく言い、「プレゼントですか?」と聞いてきた。
「おいおいよしてくれよベイビー、これをプレゼントにするほど俺は愚かに見えるのかい?」
と、私は心の中でつぶやいた後、「いや、違います」と目線を合わさずに答えた。
「ありがとうございました」という、お姉さんの声を背に、私は黄色い紙袋を手に持ち、そそくさとエスカレーターに向かった。
まじで、高校生のときにレンタルビデオ屋でAV(当然オーディオビジュアルのこと)を借りたときよりも気まずかった。
俺はなんか悪いことしたか?りんたろう。
なんでこんな目にあうんだ、とまるで隠れキリシタンが見つかってしまったときのような表情を浮かべながら、とぼとぼと、梅田駅に向かっていったのである。
ジュニア邸に着いたときには、当然誰もいなかった。
ジュニアさえもいなかった。私は無造作に黄色の紙袋を部屋に置き、「サッカーしにいこ」と気分を切り替え部屋を出た。
私がサッカーを1試合こなして帰ってきたのは17時くらいだった。
5年ぶりくらいでハットトリックを達成した私は非常に上機嫌で306号室のドアを開けた。
そこには、誰もいなかった。私の置いていった黄色い紙袋がそのままあった。
「マジックボンバー」とHOTOKE用語辞典にしか載っていないような言葉をつぶやきつつも、「まいっか」と気分を切り替え、シャワーを浴びようと思ってジーンズを下ろした瞬間、北川が「またバイク、パンクしたしよー」「むかつくっちゅうねん」と言いながら入ってきた。
まじで、一瞬、襲われるかと思った・・・。
シャワーを浴び終えるとすぐに、ジュニボーンが帰ってきた。
そしてすぐ、北川と見つめあったときの静寂がうそのようにやかましくなった。
川勝もその後やってきて、全身白タイツ姿で部屋で通し稽古をした。
みんな、何やかや言いながらも振りはある程度覚えており、北川は歌詞もほぼ覚えてきていた。
どこで、何を脱いでいくかという話も徐々に固まっていき、その日の19時頃にはほぼ、「間違いなく林太郎にはうけるやろ」をいうレベルまで持ってきていた。
当然、林太郎パパや奥さん側の親族には殴られてもおかしくないな、というぐらいの出来映えである。
だが、間違えてはいけない。
我々に求められているのは、万人に受け入れられてしまうような軟弱な(ジュニアの腹のような)芸ではなく、林太郎ただ1人を視野に入れた、究極の芸であるのだ。
ある程度の、手応えをつかみつつあった、我々「すぴいど」は最終の舞台稽古に向かうべく、カラオケボックスに向かった。そうあの有名な「歌も川」である。
我々が着いたときには、他に客が一組もいなかった。
スタッフ全員が出迎えてくれ、1室に招き入れてくれた。
アルバイトの兄ちゃんに、ワンドリンクをオーダーし、我々はおもむろに320−79を入れた。
部屋のテーブルを脇にどけ、舞台を整えた上で、最終稽古に挑んだのだ。
はっきりいって、このときの出来映えは秀逸であった。
おやっさんのソロは切れに切れまくり、ジュニアのひとえは体系的にも酷似するようなレベルにまでなっていた。
北川と私のボーカルは8割程度暗記で出てくるようになり、前日追いとしては、やりすぎとも取れる状態にまで仕上がった。
この間、目に見えてわかった店側の現象として
1、店員が誰も来なくなった
2、前を通るほかの客がみな部屋の中を覗いていった
ことがあげられる。
この日の稽古が終わったのは22時30分であった。
明日はいよいよ本番、9時に京橋待ち合わせである。
待ち合わせ時間は9時、京橋のからくり時計前である。
この日の我々はHOTOKE時間から脱皮し、当然のように9時15分に全員集合した。
おやっさんは、まるで岩城晃一のようないでたちであり、めっちゃ渋かった。
惜しむらくは、手に下げたヴィトンの紙袋の中身が全身白タイツだったことである。
それ以外は、否の打ち所がなかった。
あつりんが「金おろしに行く」というもので、まず銀行に立ち寄り(普通前日までに用意しとくやろ)、その後当然のように最終練習をするわけはなく、喫茶店で朝食がてら、茶をしばいた。
前日の猛練習により自信を深めたのか、皆やる気で満ち溢れており、この期に及んで後悔しているものなど、ここにいる4人を除いて誰もいる筈がなかった。
そうはいっても、最終チェックのため場所を代えて練習することになった。
我々があつりんに連れていかれた場所は、ダンス用の前面総カガミ張りのレッスンスタジオっぽい、単にビルの外壁がガラスであって、自分の姿が反射して映るという場所であった。
我々が踊るのであるから、観衆は多ければ多いほど良いのであるが、そこは観衆というより通行人が多数いすぎる場所であった。
それでも、我々は練習した。 ただひたすらに。 手の動き、ステップの踏み方、脱ぐ順序、そして観客へのパフォーマンスまで 綿密に計算し尽くし、完成形を求めて飽くなき追及に挑んだ。 通行人は、わざわざ我々のために近くを通らず、遠くから見つめていてくれた。
「完璧や」
「これで受けへんったらどうするねん」
皆が固く信じた(ふりをした)。
最後の仕上げは、全身白タイツへのメッセージ記入である。
そう、太古の昔、何物かがナスカに地上絵を残したがごとく、我々もまだ見ぬ人々に対する意志伝達をはかるため、「祝御結婚」と真ん中に書いた。
「せめてこう書いとかないと、何をしに来たのかわからんだろう」と真剣に考えたのだ。
時刻は11時、いよいよ帝国ホテルに向けて出陣である。
帝国ホテルが近づくにつれ、我々はその大きさと威容と、格調の高さに飲まれていった。
「こんなところで全身白タイツはあかん。捕まるかもしれん。あつりんは捕まりなれてるけど、俺はまだ前科者じゃない。」
と、いうのがあつりん以外の3名の偽らざる気持ちであった。
「さて、とりあえず茶飲むか」(またか!)
到着するなり、帝国ホテルの地下にある茶店に行った。
あつりんとジュニアはおもむろに祝儀袋の作成をはじめた。
おやっさんはダンスソロパートのイメージトレーニングに余念がない。
私は、手のひらに歌詞を書き出した。
さらにジュニアは今日スピーチ役であったこともあり、ぶつぶつ呪文のように何事か唱え始めた。
皆、緊張していた。
11時45分になり、チャペルに向けて歩き出した。
どこをどう歩いたのかあまり覚えていない。
ふと気付くと林太郎がいた。奥さんがいた。
林太郎が我々を見つけて近寄ってきてくれた。
まぶしかった。普段見なれた(両手を挙げてはしゃいでいる)林太郎ではなかった。
ちゃんとした洋装であって、顔はにこやかで、さわやかで、純白のドレスを着た奥さんは美しく、どっからどう見てもお似合いのカップルであった。
(文章に一切虚飾は致しておりません)
挨拶を済ませ、控室へと通される。
そこには会社の人や、友人と思われる人が多数いた。
我々も、ここで頭の弱さがばれてはいけないと思い、おとなしく座っていた。
4人とも、ぶつぶつ何事か唱えてはいたが・・・。
12時過ぎ、チャペルで式が始まった。
明るい雰囲気のチャペルであり、神聖な儀式が執り行われるにふさわしいシチュエーションであった。
荘厳な雰囲気かつ、和やかに式は進み、林太郎の晴れ姿に我々4人は涙にくれた。
「おめでとう林太郎」
「これからは真っ当な人生を歩めよ」
感動的に式が終わり、披露宴会場へと参列者が移動し始めた。
我々4人は皆とは違う方向に歩き出した。
そう、式をボイコットすることにしたのだ。
うそぴょーん。
白タイツを仕込みに行ったのだ。
他人に見つかってしまい、追い出されてしまうことを恐れた我々は、帝国ホテルのトイレに行った。
そして、白タイツを下に仕込み、何事もなかったかのように上にスーツを着たのだ。
白タイツは素材的に非常に薄く、トランクスの柄がはっきりと読み取れたが、そんなことはもうどうでも良く、そそくさと披露宴会場へと向かった。
受付を済ませ、林太郎の両親と挨拶をし、自分の席に座った。
まいった、座るとズボンのすそから白タイツが見えるのだ。
しかし、会場のゴージャスな雰囲気の中では、そんな事を気にしているものなど、4人しかいなかった。
式が始まった。
林太郎夫妻の入場があり、林太郎夫妻によるお互いの紹介スピーチが会った。
奥さんのスピーチの中に「大学時代のサークルの友達とは今でもキャンプに行ったりするほど仲が良く、うらやましいほどです」という一節があった。
確かに仲は良い、だが、うらやましいか?
奥さんもこの仲間に入りたいと言うのか?
入ったら後悔するんだろうな、とか考えた。
松下電器の偉い人々の挨拶があり(何と役員まで来ていた)、我々のプレッシャーはさらに高まった。
林太郎、クビになるかもな。
それはそれでおもろいけど。
親族や友人のスピーチなどがあり、段々披露宴の雰囲気も緩んできていた。
林太郎の人徳なのか、居心地の良い披露宴であった。
スピーチの途中でホテルの係りの人が近づいてきた。
「井上様でいらっしゃいますか」
「はい」
「余興で何を用意すれば良いかか教えていただきたいのですが」
「マイクスタンドを2本出しておいてください」
「ワイヤレスマイクもありますけど」
「いえ、スタンドのほうが良いです」
「踊られるんですか?」
さすがプロ。お見通しである。
「曲はどのタイミングでかけましょう」
「吉田というやつがスピーチしますから、それが終わったら合図します」
「わかりました」
「ところで、他の余興って何やるんですか?」
「2組目の方がだんご3兄弟、3組目の方は歌らしいです」
「そうですか、ではよろしくお願いします」
圧勝や!心の中で叫んだ。
さて、話は変わるが全身白タイツという代物は、トイレが不便である。
全部脱がなければできないのだ。
つまり、披露宴の間、トイレに行くのは不可能に近い。
我々は極力水分を取らないようにしていた。
つまり、酒をあまり飲まなかった。
しらふだったのだ。
周りの雰囲気がどんどん盛り上がる中、我々だけがこんなときに限ってまともだった。
林太郎夫妻のお色直しが済み、遂に出番がやってきた。
この先の記憶は曖昧模糊としているが、可能な限り再現する。
司会の人に「次は新郎林太郎さんの大学時代の友人の方にお願いします、なにか考えておられるようですので、後はお任せします」
とか紹介されて、高砂の方へ向かった。
白タイツはじっとりと汗ばんでいた。
ジュニアのスピーチが始まった。
さすがに話術は巧みだった。林太郎のキャプテンネタ、ゴルフネタ等を、ユーモアを交えてしゃべった。
会社関係の人に対する受けも上々で、林太郎も満面の笑みだった。
スピーチが終わりに近づいた。
「林太郎君の性格を少しでも皆様に理解していただこうと、いろいろ考えた結果、この歌を披露しようと思いました。スピードのホワイトラブです。」
曲が流れ始めた。(はーてーしーなーい)
立ち位置に着いた。
カッターシャツの下に隠しておいた、白タイツの頭の部分をかぶり始めた。
何が起ころうとしているのかまだ会場の誰もが予想できないようだった。
次々と打ち合わせ通りに脱いで行った。
ズボンを脱いだときにはさすがにみんな理解したらしく、反応が大きくなった。
我々は無表情で踊りつづけた。
否、会場の方を見れなかったのだ。結局、最後まで誰も親族席の方を見れなかった。
だが、浮ついていた、歌詞はしどろもどろで、ステップもきれいには合っていなかった。
一番前に座っていた松下の取締役社長がつぶやいた。
「最高じゃないか。うちの会社にもこういうのがないと・・・。」
いや、神の声だったのかもしれない。
そう言って欲しいと願う気持ちが、我々の耳にも遂に神の声を届けたのだろうか。
おやっさんのダンスソロが始まり、歓声はますます高まった。
おやっさんは最高だ。ちゃんと高砂のまん前に行って踊ってくれた。
間奏では、みんなでわさわさと高砂に行ってビールを注ぎ、それをあつりんが奪って勝手に飲んだ。芸が細かすぎる。
「はーてーしーなーいー」3度目ぐらいになると、余裕も出てきていた。
きれいに振りも合わせた。
「あなたのために生きていきたい」おれとあつりんが向かい合って、抱き合った。
終わった。 拍手喝さいであった。
司会の人が聞いてきた。
「自前ですか?」
あたりまえや。
「今度どこかでまた披露してもらえますか?」
林太郎のためだけや。ギャラ高いぞ。
なんか興奮状態で良く分からなかったが、脱ぎ散らかした服、靴を集め、拍手の中、席に帰った。
席に帰ると、白タイツの上にネクタイだけ締めた。
林太郎のお母さんがビールを注ぎにきて下さった。
「お疲れ様でした。ありがとうございました。」
このときが一番恥ずかしかった。
プロジェクトは大団円を迎えた。
林太郎、裕巳子さんおめでとう。
その次の日、林太郎からメールが届いた。
引用する。
井上さん、北川さん、吉田さん、川勝さん、昨日はありがとうございました。
左手の薬指に妙な違和感があり、なんか変な感じです。
何の工夫もない結婚式にアクセントがつき、関係者一同から高い評価を受けておりました。
(「笑わずにあんなことできるってすごいよね」by司会
「うまく衣装着こなしてたよね」by介添え
「京都大学の人初めてみたけど・・・」by嫁の親戚とか)
個人的にはかなり感謝しております。
後で余興をやった2組だけがつらそうでしたが・・・
当日披露宴が終わって、クロークに預けた荷物を取りに行った際に、他の招待客からジュニアが言われた言葉。
「いや、よかったですね。」会社休んで練習しろよ!
「私もやってみようかなと思いました」
次回は、おやっさんの披露宴で演じる予定だ。
おやっさんと林太郎が入れ替わるだけ。
一つ心配なのは、おやっさんが新郎なのに参加したがっていることである。