集合時間の9時に時計台に来たのはわずか7人。ちゃんと来てくれた人には悪いが、計算通りだった。10時までに出発できれば問題ない。9時45分に出発。道中雲行きが怪しく、数度どしゃ降りに見まわれるも、小浜に抜けてみるとまだ雨は降っていない。予想以上に道が空いており、昼食を取って12時過ぎには宿に到着。小雨が降り出していたが、13時から野球を決行。キャッチボールからシートノックまで、夏合宿ならではの充実した練習を行う。ここで、マネさんを京都駅に迎えに行ってくれていた桜沢さんが到着し、紅白戦開始。しかし、それを待っていたかのように強烈な雨が襲う。野球を断念し、宿へ。
宿が十分に部屋を提供してくれたため、「はなれ」の部屋を麻雀専用にすることができた。ここがHotoke最大の激戦の舞台となったのである。なお、麻雀専用だといったのにこの部屋に住みついた麻雀猿が約1名(2名?)いたことをつけくわえておく。この部屋は夜になると冷房の効き過ぎで震え上がるほどの寒さとなり、煙草の煙が霧のように立ち込めて、透明度は1m以下であった。この異常に我々麻雀猿は気づかないのだから怖い。
夕方には、太郎さんが登場。みんなで舞鶴へボーリングに行くことになる。安いが、手書きのうえ、ろくなボールがないというとんでもないボウリング場であったが、上々の盛り上がりであった。中でも、係員に怒られるほどであった太郎さんの玉の破壊力は特筆ものであった。
雨は止んだが、グランドの回復具合が思わしくなかったため(というかこの時間しか体育館をとっていなかったため)、午前中は体育館を使用。バレーボール・バスケットボール・卓球・バトミントン・サッカーなどを行う。意外と楽しかった。
「グランドの具合はどうなの」というW先輩の圧力を振り切り、午後ついに試合開始。今回は、高松さん、岩本さん、亀澤、小林といった実力派がそろって参加したこともあってか、レベルの高い試合が展開された。目を引いたのは1回生の活躍である。のっけから野上、古川、服部あたりが次々と長打を放つ。上回生よりよほど振りが鋭い。頼もしい限りだ。高松さん、岩本さん、亀澤の3本柱も絶好調。試合に来てくれれば優勝も狙えるのだが、そんな期待はするだけ無駄だ。なんにせよ、この充実ぶりはうれしい限りである。この夜はフリー。様々な愛憎劇があったとのうわさもあるが、わたしは知らないといっておく。麻雀大会は、若松さん、大仲さん、高原といったあたりが伸び悩み、波乱の展開。なぜかトップは私。しかし3半荘しか打ってない。この日、中野さんが登場。夜はJr.さんらと釣りに行っていた。
終日野球。昼間は特筆事項なし。やはり1回生の活躍が目についたことぐらいか。夕刻になって、高松さん、森本さん、岩本さんが京都へ帰ったため、一気に麻雀度が上がる。
18時からバーベキュー開始。肉の量は十分で、結局大幅に余るほどであったが、30人の大所帯のため、当然大混乱。なかなか食事にありつけないものもいた。そんな中、野上が大活躍。焼き鳥を焼くその姿はあまりにも板についていた。これにより、NFは焼き鳥に内定した。中野さんは釣ってきた魚を焼いて食べていた。僕にはくれなかった。終盤になると、桜谷さんが予想より一日早く登場。ビールのビン一気をかまし早くも胃を壊してダウンという荒業を見せた。
深夜、小上さんとやんじゅにさんが到着。小上さんとは久しぶりの再会になる。うわさに聞いていたやんじゅにさん。どんな化け物がやってくるのかと恐れていたが、いざ会ってみると見た目は人間であった。
麻雀大会は、若松さんと高原がいつのまにか+100近くまで伸びてきている。いったい前の晩に何があったのだろう…
夕方までは省略。
夕食を終え、海で花火を行う。しかし、花火が少なかったこともあって、今一つ盛り上がらない。しかし、線香花火耐久レースが勃発。一番最初に火を落とした中野さんが海へと飛び込んでいく。これはオイシイ。続いて、見出さんが小林を巻き込んで、果てはJr.さん、やんじゅにさんまでが入水。先輩方のHotoke魂には頭が下がる。というかオイシイ。
10時過ぎからコンパ開始。このコンパ、少なくとも私が知る限りではHotoke最大級の壮絶コンパであった。4回生と1回生が異常に盛り上がり、連発一気によって用意した酒のほとんどを汚物へと化学変化させていった。10時30分開始にもかかわらず、1時には早くも3分の2近いメンバーがダウン。生き残ったメンバーは呆然とするばかりであった。ここでは、各選手の動向を指数によってあらわしておく。
当然のごとく朝はテンションが低い。しかし、昨日の惨状を考えればみんな比較的
元気である。酒の匂いが残る食堂で朝食をとり、出発。観光に向かうが、結局天橋
立にしか行けず。京都に戻り黒王将で夕食。慣れない一本締めを行い終了。
後日、麻雀大会の決勝が行われ、若松さんが3度目の優勝を飾る。2位には高原が入
り、1回生初の連対という快挙となった。なお、規定半荘(5半荘)に到達せず、決勝
進出を逃した幹部が一人いたことをつけ加えておく。